良い知らせを伝える者

 遣わされないで、どうして宣べ伝えることができよう。「良い知らせを伝える者の足は、何と美しいことか」と書いてあるとおりです。(ローマの信徒への手紙10章15節)
                   
 昨年、私は初めて舞鶴という港町に行きました。舞鶴は戦後、当時のソ連や満州から引き揚げて来た日本人の人たちが1945年から1958年まで、66万人も上陸し祖国の土を踏むことが出来た土地でありました。また、日本に帰りつく前に亡くなった1万6千人もの遺骨が迎え入れられた場所でもあります。そこにはその記録を保存するため「引き揚げ記念館」という施設が作られていますが、その中の資料の一つに、次のような話が伝えられていました。

 戦後、間もない頃、大阪の松下電機に勤めていたある男性が、ラジオを調整しているうちに偶然、ソ連の国営放送をキャッチしました。その放送の中で、日本語でソ連に抑留されていた日本人が順次解放され引き揚げることが出来るようになった、というニュースが流されたそうです。そして、引き揚げ者の氏名と住所が伝えられたそうですが、そのニュースを聞いた男性は、それを逐一メモし、そのことを引き揚げが決まった人たちの家族のもとへ、一枚一枚葉書を書き知らせるという時間も手間もかかることを始めたといいます。

 おそらくは、当時は電波事情も悪く、不明瞭な音声でしか聞き取れなかったその放送を、男性はメモを片手に毎日、毎日聞き続け、それをまた葉書にしたためてその引き揚げ者の家族のもとに送り続けたのです。それはまた、郵送代も決して安くはない、無償の行為でありました。そういう大変な仕事をやり続けた人は、どういう思いでそれをやり通すことができたのでしょうか?もちろん、お金のためでも、売名のためでもなく、自分の利益につながると思ってしたことでもなかったことは確かです。 きっとその人は、そのラジオの放送を自分が誰よりも先に聞いた、その「良い知らせ」を真っ先に耳にした者の責任として、その知らせを一刻も早く、引き揚げる人を待つ家族のもとへ伝えたい、その一心で行ったことだったのではないでしょうか。戦後、外地で消息不明のまま生死も分かぬ家族を一日千秋の思いで待ち続けている人たちがいる。その人たちへこの良い知らせを届けることが、自分にしか出来ない使命だという思いから、たった一人でコツコツ毎日毎日葉書を書き続け、送り続けていった人が70年以上前のこの日本にいたのです。

 現代、スマホやネットで世界中どことでも連絡が取りあえる便利な時代になっていますが、私たちが日々聞かされる出来事、目にする世界の情勢は、またいつ戦争が起こるか、起きつつあるかということや、この世界が何と憎しみに満ち溢れているか、というニュースがほとんどです。しかし、そのような不安と恐れをもたらすニュースが流布される中で、キリスト者は自分たちにしか聞き取れない「良い知らせ」を他の誰よりも真っ先に聞いている一人一々なのです。神の御子が私たちすべての人間の救いのため十字架にかかり、復活された。それ以上にない「良い知らせ」を、この世界に伝え、真実の平和を待ち望む人々へと届けて行く。そのような誰にでも出来ることではない使命を主から与えられた者として、私たちはこの世界に遣わされているのです。その喜びに満ちた責任を負う者として歩んでいきましょう。
(2017年7月30日週報より)