共に泣いてくださる主

 主はわたしの泣く声を聞き、主はわたしの嘆きを聞き、主はわたしの祈りを受け入れてくださる。(詩編6章9~10節)
                   
 人は嬉しいこと楽しいことよりも、悲しいこと心痛むようなことの方が心に深く留まり、そのことが体にも影響することがあります。先週の1月17日に、阪神大震災から22年目の記念日を迎えました。思い起こすとあの日の早朝、たいがいのことでは目を覚まさない私自身、大きな揺れに驚いて目が覚めました。その時のことは今でも良く覚えています。その前日の16日はその年の成人の日にあたり、私共愛知西地区では地区全体研修会が開かれ、講師には料理研究家の小林カツ代さんが招かれていたことも記憶に残っています。そういう記憶は、あの阪神大震災のショッキングな光景と共に鮮明に残っているのです。

 しかし、実際にあの震災で家族友人を失い、家も財産も失った人たちにとっては、たんに記憶に残る程度のものではなく、今でもその時の苦しみ悲しみがフラッシュバックして日常の生活にも影響を与え続けているということです。特に女性の方のほうが男性に比べ、あの震災によって心にも体にも深い傷を負った人が多かったということをテレビの報道で知りました。女性は避難所でも周りの人に気をつかうことが多く、特に小さな子どものいるお母さんや妊娠中の方は、子どもが騒いで周りに迷惑をかけるのではと心配したり、妊娠していることを知られて特別扱いされたら返って他の人に悪いという気遣いで、辛いことも我慢せざるを得ない状況に置かれたということです。そういう我慢がその人たちの体にも影響し、心筋梗塞や脳出血という症状を引き起こし、そのため亡くなった方も少なくなかったというのです。そういう辛さや苦しみを誰かに聞いてもらったり、気兼ねなく話せる人がそばにいたならば、少しは楽になることも出来たのではないか、とその話を聞きながら思いました。

 ある新聞の記事では、あの震災によって夫と娘さん2人を同時に失った女性のお話が載っていました。その女性は自分一人が生き残ったことに苦しみ「何で私も連れて行ってくれなかったの」と3人の遺骨を抱いて海に飛び込もうとしたということでした。しかし両手で3人分の遺骨を抱えることが出来ず断念したとも書かれてありました。しかしその5年近く後、持病のぜんそくが悪化した折、たまたま訪ねてきた友人に助けられ、その時「3人が助けてくれたのかな」と感じて生きる気力を取り戻したそうです。そして、自分が生きていることに意味があるなら、3人に恥じないよう笑顔で生きたいと決心したのだといいます。

 深い悲しみや苦しみはその記憶によって人から生きる気力さえ奪うことがありますが、また深い悲しみを覚えるほどにその死を惜しみ忘れられない家族友人と共に過ごした日々の記憶は、その人を支え立ち上がらせる力になることもあります。「主はわたしの泣く声を聞き、主はわたしの嘆きを聞き、主はわたしの祈りを受け入れてくださる」と聖書は告げます。私たちの苦しみ悲しみを誰よりも知り、共に泣いてくださる主、イエス様が今も共に私たちの人生を歩んで下さる、そのことを心に刻み付けていく限り、私たちに乗り越えられない悲しみ苦しみはありません。
(2017年1月22日週報より)