自分にしか出来ないこと

 ヨセフは眠りから覚めると、主の天使が命じたとおり、妻を迎え入れ・・・(マタイによる福音書1章24節)
                
 マタイによる福音書はアブラハムから始まるイスラエルの系図を冒頭に記し、その末裔としてヨセフという人物を紹介しています。このヨセフは先祖を遡ればダビデ王とつながるダビデの末裔でした。イスラエルの人々は、このダビデの血筋からメシア・救い主が生まれると信じていたのです。そのダビデの末裔であるヨセフは、許嫁のマリアが自分の知らない間に身ごもったことで、いったんは彼女を離縁しようと考えました。しかし、夢の中で天使が現れ、マリアは聖霊によって子を宿したのであり、生まれて来る子は救い主となる者だ、と告げました。その夢から覚めたヨセフはマリアを妻に迎え、生まれて来る子を天使のお告げ通りにイエスと名付けたのです。ヨセフは信仰によって、血のつながらない子を実子として迎える決断をしたのですが、それはまた彼がダビデの末裔であるという自分の立場でしかなしえない、彼にしか決断できないことだったのです。

 昨年、映画にもなった杉原千畝という人は、戦時中リトアニアの日本領事館の責任者でありました。その日本領事館にナチスの迫害を逃れて多くのユダヤ人が駆け込む状況になった時、彼は日本の外務省に、ユダヤ人が海外へ出るためのビザ発給の許可を求めました。しかし、日本はナチスドイツと同盟を結んでいたことから、ビザの発給はしてはならないと杉原千畝に命じたのです。彼は一晩考えた末、政府の命令に逆らい、ユダヤ人へのビザ発給を独断で始めたのでした。彼はそのために戦後、日本に帰国しても外務省にはもう自分の居場所はなくなっており、はじきだされるように職を離れたといいます。しかし、杉原千畝さんは決して自分の決断を後悔することはなかったでしょう。その杉原さんのビザ発給の決断によって、6000人ものユダヤ人が日本を経由し国外へ脱出することが出来たのです。あの時、杉原さん自身、リトアニアがソ連に併合される直前で、ソ連の情報収集の任務にあたっていた自分もソ連に身柄を拘束される危険があったのです。そのように自分が一刻も早くリトアニアから脱出しなければならない状況の中、杉原さんはユダヤ人の人たちのため手書きでビザを書き続け、それは自分自身がリトアニアを出発する間際、列車の窓越しにビザを書いてユダヤ人の人に渡すまで続行されたのです。

 それほどまでにしてビザを発給し続けたのは、ユダヤ人の人を一人でも多く救いたいという思いと共に、この役割は日本領事館の責任者であった自分にしか出来ない、その使命感が杉原さんを支えていたからだと思います。「なぜ私なのか?」それは聖書の描くヨセフの葛藤でもあり、杉原千畝さんの苦悩でもあったと思います。しかし、自分にしかその責任は果たせない、自分がそれを負うべき使命を与えられた、そのように自分自身が置かれた立場や状況を神様から自分への信頼のしるしとして捉える時、人は苦悩や葛藤をも乗り越えて、自分自身にしか出来ない役割を喜んで負う者となっていくのです。イエス様も、神の独り子として、ご自身にしか果たすことの出来ない十字架の贖い、すべての人の罪のゆるしのため、ご自身をこの世に与えてくださったのです。その愛に生かされ、私たちもそれぞれ自分に与えられた使命を、神様からの信頼の証しとして喜び果たしていけるのです。
(2016年11月20日週報より)