一粒の麦として

 人の子が栄光を受ける時が来た。はっきり言っておく。一粒の麦は、落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ。(ヨハネによる福音書12章23~24節)
                 
 現代は、遠く離れている人と人との間で、簡単にコミュニュケーションが取れる時代です。昔ならば、手紙を書いて投函し、それが相手に届くまでに日数がかかり、またその手紙を受け取った相手がすぐに返事の手紙を出しても、さらに何日もかかりようやく互いに連絡が取りあえる、そのような手段でしか気持ちを通じ合わせることが出来なかったのです。今ではメールやネットで瞬時にどんな遠くの人とも連絡が取れる、電話や電報さえも、もはやレトロな通信手段となっている時代です。それではイエス様の時代はどうだったでしょうか?ヨハネ福音書12章に、エルサレムの祭りにイエス様一行が出向いた時、多くのイスラエル人に交じって何人かのギリシア人がやってきたことが記されています。彼らはイエス様の弟子のフィリポに「イエスにお目にかかりたいのです」と仲介を頼んだということです。当時、一般のイスラエル人は異邦人と交わることがタブーとされていたのです。フィリポがイエス様にそのことを告げると、イエス様はこうおっしゃられたとあります。「人の子が栄光を受ける時が来た。はっきり言っておく。一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば多くの実を結ぶ」。

 この言葉は、イエス様がやがて人々の罪の贖いを果たすために十字架の死を遂げる、その運命を暗示している言葉なのです。では、なぜこの時イエス様はこのような言葉を語られたのでしょうか?ギリシア人はイエス様のことを自分たちの国にいる時に伝え聞いていたのでしょう。しかし、彼らは距離的にも、また異邦人とは交際をしないイスラエル人の習慣にも阻まれ、なかなかイエス様とは連絡が取りにくい立場にありました。そして祭りの時ならば、イエス様もエルサレムの都に来られるだろうと、満を持してやってきたのでしょう。彼らはイエス様に会うためだけに、遠い道のりを何日もかけて、しかも習慣も価値観も違う人々の中に入り込んで苦労しながらたどりついたのです。

 そのギリシア人の来訪を、イエス様はご自身の十字架の運命と重ね合わせ、「栄光を受ける時」が訪れたと受け止めたのです。イエス様はこの時、神様からの手紙としてギリシア人の来訪を受け取ったのではないでしょうか?このギリシア人の人々が遠い道のりを時間をかけて、苦労を重ね自分に会いに来た、その彼らの訪れは、イエス様には、ご自身もまた父なる神様のみもとを遠く離れ地に降られた「神の独り子」である自覚をより強く感じさせたように思えます。

 「子よ、あなたの名はこのような遠くの国々にまで知られるようになったのだ。あなたはこの人々のためにも贖いのわざを果たすべき時が来ているのだ」そういう神様の手紙をイエス様はギリシア人の来訪に読みとったのだと思います。「一粒の麦は地に落ちて多くの実を結ぶ」イエス様は父なる神様にこう返事を書き送られたのです。私たちもまた、神様からの手紙として聖書の言葉一つ一々を読み返信を送るために信仰生活を続けて行く「神の子」と認められた一人一々なのです。一粒の麦として多くの実を結ぶ、その愛を主と共に伝えて行ける者として生きましょう。
(2015年3月15日週報より)